西山禾山

西山禾山

1837年穴井浦に生まれました。本名は須賀増治といい13歳の時に大法寺の住職の弟子となり、修行を重ね師の後を継いで西山禾山(にしやまかざん)と名を改めました。

1881(明治14)年大法寺が火災の際には、大事な仏様や書物を救うために取りに行き、顔や体に火傷を負いました。それ以来自らを「焼け和尚」と呼んだそうです。

お寺は1888(明治21)年に再建されました。

2019年2月28日 西山禾山

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