浦中 友治郎

2017/07/29

?国鉄と銅山と八幡浜?

1926(大正15)年、八幡浜町長に就任し、以来9年間、最後の町長として市政実施のために尽力したのが八幡浜浦新地(現堀川町)出身の浦中友治郎である。氏は地方金融界・政界・そして鉱山業・運送業と多岐に活躍されている。

なかでも特筆すべきは鉄道交通網の必要性を説き、八幡浜にとって悲願であった国鉄開通のために尽力されたことであろう。また急激な近代国家への歩みの弊害となった公害対策をいち早く予見し、八幡浜市の沖にある無人島「佐島」に洋上精錬所開設に尽力したうちの1人でもあり、激動の昭和を迎え八幡浜の産業の礎を築いた功績は誠に大きいものである。